引退メッセージ 村岡悠

本日の引退メッセージは、みんなの拠り所、学芸の女房役の村岡悠(不動岡)です。ぜひ最後までご覧ください!

-4年間のベストプレー-
最後の試合で、一塁牽制で刺し、盗塁を刺し、ツーベースまで打ったことです。自分じゃないと思いました。引退試合だったので、みんな感動して泣いてくれてるかなと思ったのですが、ベンチでは笑いが起きてたようです。それはそれで自分らしく終われたかなと思い、とても楽しかったです。

-4年間で嬉しかったこと-
仲間の活躍を見られたことです。
ピッチャー陣とは、オープン戦で全員とバッテリーを組んでいたこともあって、みんなが成長して公式戦で抑えている姿を見るのはとても嬉しかったです。
村瀨(日本大学第二)と原田(八戸)は1年からずっと一緒に組んできたので、投げているところを見るだけで嬉しかったです。
上戸(立川)が4年秋で爆発したことや、岸くん(宇都宮)が入替戦でライト前ヒットを打った姿は泣きそうでした。

-4年間で苦しかったこと-
・自分がチームにどう関わるべきか考えて、学生コーチをしたくて本気で悩んでた時期
・ライトゴロでアウトになり自分の足の遅さを目の当たりにしたとき
・原田がアドバイスを全く聞かないとき

-チームに貢献できたこと-
みんなの相談窓口になれたことです。特に中村(長野)が、サードの守備で悩んでいたときに、「前に出れるのが渓介の良いところだよ」と伝えたら、守備が良くなったときは、めちゃくちゃ貢献したなと感じました。
佐伯(川和)が守備で迷走して、みんなが佐伯に恐れている時期がありましたが、自分だけは絶対イジリ倒そうと思って、色々声をかけていたのもチームに貢献したんじゃないかなと思います。

-後輩に一言-
最後の試合の後、徳地先生に、「プレッシャーを感じずプレー出来たのがよかったんだね」と言われました、本当にその通りだと思います。でも正直、変なプレーをしてしまったら、出場機会があるはずだった後輩たちに申し訳ないと思っていて、当日の朝くらいまでは緊張していました。しかし、それで消極的になってしまったら、もっと申し訳なくなってしまうと思いました。だったら大暴れしてみんなを楽しませようと思った結果があの試合です。
試合に出ていない人の分まで頑張ろうという言葉をよく耳にしますが、すごくいい言葉だなと思います。みんなのために頑張るというのはとても大切です。ただ、それをプレッシャーに感じるのではなく、見ている人を楽しませるために全力でプレーしてください。空回りを恐れてプレーしても上手くいきません。皆さんは人生の大半を野球に費やしているのですから大丈夫です。自分を信じてみんなのためにプレーできる選手になってください。

-家族に一言-
野球を通して色んな人と関わる事が出来ました。大学まで野球を続けましたが、勝った記憶が全くない少年野球の頃からは考えられないなと改めて思います。中学生で、部活ではなくクラブで野球をさせていただいたことが、自分にとって人生が変わった瞬間だと思います。とんでもなく食費かかるし、クラブの方でもお金かかるし、めちゃくちゃ大変だったんだなと、大学で一人暮らしをしてすごく感じました。野球を始めさせてくれて、そして最後まで続けさせていただきありがとうございました。

-応援してくださっている方に一言-
4年間応援してくださりありがとうございました。皆さんの支えがあることで野球部は活動できていて、私たちは野球をすることができていました。本当にありがとうございました。微力ながら来年度から応援する側で野球部を支えていけたらと思うので、今後ともよろしくお願いいたします。

-東京学芸大学硬式野球部で良かったこと-
同期だけでなく、先輩後輩たちと4年間楽しく過ごさせてもらったことです。野球部はどうしても上下関係が厳しいというイメージがあったのですが、先輩方が良くしてくれたことで、自分たちも後輩への接し方を学ぶことが出来ましたし、後輩たちから意見を出してくれる事もあって、すごく充実感のある4年間を過ごすことができました。同期は自分含め変な人間しかいませんでしたが、うまく噛み合って本当に面白い仲間でした。この同期たちと過ごせたのが幸せでした。ありがとうございました。

4年生による引退メッセージ、次回は村瀨栞音(日本大学第二)です!
ぜひご覧ください!

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