引退メッセージ 寺田大和

本日の引退メッセージは野球部愛重め、後輩に愛された寺田大和(南山)です。ぜひ最後までご覧ください!

-はじめに-
今追いコンが私が参加できなそうな日程で決定した連絡を見ながら書いてます。(´;Д;`)
追いコンから出ろ!と言われているようです…当日追いコンの場にいたかどうかは私のみぞ知るところでしょうがしばしお付き合いいただけると幸いです。

-4年間のベストプレー-
①3年夏富士大学戦のツーベースヒット
打席に入った瞬間に股関節が決まってそこまで取り組んできたことが表現できた打席でした。
②4年秋高千穂大学戦
この日は自分がやりたいと思うことへの要求に村瀨くん(新4年/日本大学第二)がよく応えてくれました。勝ちをつけてあげることができたという意味では価値のある試合だったと思います。(p.s.石井くん(札幌新川)、村瀨くんと繰り広げたお笑いのような挟殺は無かったことにします)
③4年春武蔵大学戦、千葉商科大学戦でのファウル
ネクストベースに通ってパフォーマンス向上に取り組んでいく中で何かを掴めたような気がする3スイングでした。
基本的に野球人である以上、求められることは自分の結果で、一番チームに貢献する方法は自分が結果を出すことだと思ってやってきたので、ほとんどが自分がうまくいったものになってると思います。まぁそれでもホームラン打てなかったんだけどね。あー恥ずかしい😩

-4年間で嬉しかったこと-
春キャプテンをやっていて全く活躍してない石井君が秋はキャプテンを降りてのびのびとプレーしていたこと(大嘘)
荒瀬君(都立駒場)が最後のリーグ戦でしっかりヒットを打っていたこと(これはちょっとガチ)

はい、これ多分先輩、同期、後輩は絶対信じません。この人にこんな感情あるんだって思ってるでしょ。だって書くこと思い浮かばないんだもん。楽しかったことはいっぱいあるけど。ただこの2人には荒瀬は手術したらとか、石井にもキャプテン押し付けといて年明ける前くらいから春でキャプテンやめなよとかいの一番に無責任に適当なことを言っていたら全部そうなっちゃったのでちょっと気にしていました。でも最後は2人とも私から見たら楽しく野球してたので嬉しかったというか安心したというのが本音です。
ほんとだからね⁉︎今更いいやつエピ作ってポイント稼ごうとか思ってないから!そんなことしたって手遅れだって知ってるから✌︎(‘ω’)✌︎

-4年間で苦しかったこと-
えーっと実はtake2なんで正直しんどいこと。苦しいことでやらなくていいことは基本やらないって決めているんであんまり苦しかったことはありません。
強いていうとしたらコミュニケーションでしょうか?私のような常識人は、個性的で刺激が強すぎる同期と人間関係がうまくいかないこともありました。その度に対応に追われていた方がいたことを後から聞き、感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいになっております。しかしまぁ3〜4年もいればお互いがお互いのことを理解してくるためか、最後にはうまくやれていたのではないかと思っています。(そうではないのに大人の対応をしてくださっていた人がいたら、それは申し訳ありません。)
ただ、その個性的な面は間違いなく東京学芸大学硬式野球部のいいところだと思っています。一般人の私が受けたカルチャーショックもこれから長く社会で生きていく上で必要な刺激だと受け入れて生きていきたいと思っています。
※この物語は全てがフィクションです。

-チームに貢献できたこと-
バッピ
ネクストベース
ヤナセバット
もうこれはこの3つでしょうって感じっすね
もし万が一デュランダル議長にディスティニープランを実行されたら私の運命はバッピになると思います。(そんなのは嫌です。「青き正常なる世界のために!」)歴代先輩たちから同期そして後輩たちにまで”狭いライト”(by h.n)にかち込まれ続けた記憶しかありません。なんならピッチャーにすらぶっ飛ばされました。
先輩たちの中にはリーグ戦の日に昼夜問わず呼び出して投げさせた人もいますwwwまさか自分たちの代にそんな似たようなことをした人がいるとは思いませんが、ねぇ守屋くん(市立浦和)。今後後輩諸君がそんなことをした時には謝礼はしっかり弾んであげてください。下の2つについては私がフラフラといろんなところをほっつき歩いて、その中でいただいたご縁によるものが多いです。その部の中では私の影響が強いものの、実質的にはあまり偉そうに何かしたというものではありません。改めて人に恵まれていることを実感する結果になりました。でもうまくなるために使えそうなものを残せたというわずかながらの自負はあるので、後輩諸君にはそんな変なやつと縁があったということに感謝をして、色々と使い倒していってくれればいいと思っています。

-後輩に一言-
本当に愉快な後輩たちです。
もはや先輩というよりも友達だと思っているのかタメ口で当然のように焼肉に連れて行ってもらおうとする子、陰で人のことをライオンキングと言いふらしてた子、入部して2週間で「ラブライブがすきなんですか?」なんて平気で話しかけてきて球詠を2年借りパクしている子、何故か基本舐めた態度で接してくる同郷の後輩、一緒にリーグ戦で青空のラプソディを踊ったアニヲタ仲間と、それを見た時やピンチになると死にそうな顔をしていた少年、コンビニ行きましょうしか話しかけてこない子、何故かキャンプのたびに同じ部屋だった後輩、その後輩と一緒に人の野球道具の7割くらいを根こそぎ持って行った子、ガンダム仲間のboy(頑張ってストフリ完成させような!)、チェに命を捧げたサウスポー、極寒の中3時間ストップ練習したのに何故か外野とDHをしているブラザー、人のことを使徒扱いするあいつら、など挙げていくとキリがありません。でも、そんな時に雑で時にめんどくさくも可愛げのある絡み方をして、だる絡みも受け入れてくれる後輩諸君のことが大好きです。卒業してからも名古屋きたり東京行く時はダル絡み200%で対応するので嫌な顔をせずに相手してあげてね❤️

-家族に一言-
23年間本当にお世話になっています。改めて文章にする機会はもしかしたらこれが最初で最後になってしまうかもしれません。ここまで野球でもそれ以外でも一切の不自由なく色々なことをやらせてもらえたことに本当に感謝しています。今も昔もどこか独特な感性を持って生きている私をここまで育ててくれたことに本当に頭が上がりません。寺田家は色々と愉快で刺激的な家庭だしそれがいいところだと思っているので今後ともよろしくお願いします。

-応援してくださっている方に一言-
まず有形、無形問わず多くのご支援をいただき、ありがとうございました。特に私は部外、ひいては学外に多くのご縁をいただいたこともあり、そのような人の縁が繋がることでまた新たな人の縁が広がっていくことを実感して、成長する機会をいただけたと考えています。今までご縁をいただきました皆様に心から感謝を申し上げます。
今後とも後輩たちにより良いご支援の程をよろしくお願いいたします。

-東京学芸大学硬式野球部で良かったこと-
もうここまできたら多分誰も読んでません。だって長いもん、俺ならこんな長いの読むのやめちゃう!書いてるうちにどうせなら引退ブログ最長記録でも欲しいなと思っちゃった結果こんな長いのになっちゃった(´∀`*)
まあどうせいつものよくわからんことをしてんだろうなとか思って後輩たちは見るのをやめてると思うのでちょっと最後に本音を載せときたいと思います。
ここで私の最春のブログで書いたことを覚えている方はいらっしゃいますでしょうか?
いませんよね、だってここまでちゃんと読む人いないと思ってるんで…
ただ一応宣言した以上はその答えをここで言わないといけないので言います。
東京学芸大学硬式野球部は概ね大好きです。
野球部にいる先輩、同期、後輩たちのことが大好きです。同期はこんなんと4年一緒に過ごしてくれただけで大感謝です。特にA類保体科の3人なんて本当にめんどくさかっただろうに絶縁されなかっただけでもう感無量です。そんで後輩、もはや後輩というよりただの友達みたいになってる。敬語とか使われた記憶がない、だがそれがいい。正直まぁここに書けないことも多いので伏せますが春季リーグが終わって秋季リーグに向けてってなってる時期はマジでモチベない時期でした。その期間は練習に行くモチベは後輩にダル絡みしに行くくらいしかなくて、でもそれでもダル絡みモチベで練習に行っていたから最後までやっていけたなと思ってます。なんならダル絡みは選手を超えてMGの皆さんまで射程距離になっていたはずです。ありがとうございます、そしてすみませんでした。
ってことで最後に学芸でよかったことだよね
“奇想天外、やべーやつにいっぱい出会えた!”
これにつきます!はいそこ誰がゆーてんねんって言わない。


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