最後の春に向けてー他力本にゃんー 石塚啓太

こんにちは。「最後の春に向けて」、本日は石塚啓太(4年/旭野)です。

E類生涯スポーツコース新4年の石塚啓太です。

今回は、私が好きな四文字熟語を紹介します。それは「他力本願」です。意味は、他人任せ、他人頼りなどです。(本来の意味は仏教の阿弥陀仏の力に頼る信仰のことをいうそうです。)

私は、これまで野球をしてきて、野球はチームスポーツの中でも特に他力本願なスポーツだなぁと感じています。

なぜなら、攻撃では、野球は1試合で打席は多くて4回しか回ってきません。1人だけがとびきり上手くて4回ソロホームランを打とうが、4点しか取ることができません。4点以上取るには仲間が出塁していなければいけません。また守備では、どんなに速いストレート、エグい変化球、素晴らしいコントロールを持っているピッチャーがいたとしても、それを捕ることができるキャッチャーがいなければ、振り逃げ、パスボールでいくらでもランナーが出塁・進塁します。野手で考えれば、どんなに守備に自信があってもピッチャーがストライクを投げなければ、打球が飛んでくることは一度もありません。このように、他力本願にならざるを得ない、1人でどうにかすることができないスポーツであると言えます。(極論です)

「他力本願」の他力とは、他人の力です。私は、野球をしているとき、大いに他人の力に頼っています。特に昨秋は、ピンチでリリーフとして上がってくる浅野(4年/立川国際中等教育)に打ちとってくれと願いました。チャンスで打席が回ってきた酒井健(4年/岐阜)に大きな声で「打ってくれ」とベンチから声を出しました。私の後ろに飛んだフライの大半は、三宅(3年/金光学園)や市原(2年/市立川越)に捕ってもらいました。大きな声で、流れを引き寄せようとしてくれるスタンドの選手や裏方として支えてくれているスタッフにも大いに頼っていました。私は、他人に頼って、プレーをしています。頼れるチームメイトがいること、これもチームスポーツの良さでしょう。

 

私は「自分が他力を頼りにする=自分自身も同時に誰かの他力である」と、考えています。例えば、ベンチで打席に立つ味方を応援しているとき、私は、他力本願で声を出します。逆に、私が打席にいるときや、打球をさばいているときはきっと、仲間の他力であるのです。ここで言いたいことは、「自分も誰かの他力であることを自覚する。」ということです。これが、単に他人任せという意味での他力本願とは違う、本当の意味での「他力本願」だと思っています。

野球というスポーツは、先に述べたように他力本願が前提です。仲間を信じて、他力に頼る。この「他力を頼る」こと、そして「仲間の他力である自分がそれに応えようとする」こと、この2つの想いの大きさがチームとしての強さなのではないか、と思います。私は、ラストシーズンもたくさん仲間に頼って、仲間に頼られているということを自覚して、秋リーグ、1部で戦っていきます。

今後も、東京学芸大学硬式野球部を宜しくお願いします。

次回は、丸山稜雅(4年/野沢北)です。


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